中華料理の基本は何か、という問題を以前から考えてきました。青椒肉絲、麻婆豆腐といった特徴のある料理が確立されていることなのか。あるいは、油で炒めることなのか。中華鍋と中華包丁を使うことなのか。よくよく考えてみると、本質を捉えることは難しいように思います。ここでは、私論を述べてみたいと思います。
これまでのコラムで、餃子のことなど中華料理の一端に触れてきました。私は、バックパッカーとして中国を回った時、ごはんを食べるレストランで必ずといっていいほど厨房に入れてもらっていました。
それはそれは貴重でしたし、エキサイティングな経験でした。あちらこちら回りましたが厨房まで入り込む日本人、あるいは外人は他に見たことがありませんでした。料理自体のバリュエーションを見られただでなく、調理方法などもいろいろ見ることができました。また、中国人のシェフたちは気軽に入れてくれました。今となっては懐かしい経験です。
そこで今でも覚えていますが、ひとつ印象に残ったことがありました、雲南省というミャンマーに近い西南地方に行った時のことです。いつものように、レストランの厨房には入れてもらい料理作りを見ていました。
シェフである主人は、材料を持ってくると、野菜を何種類かとお肉をぜんぶ油通ししました。おそらく、それぞれの油通しの時間はわかっているのだと思います。実に手際よく油通しした後、あとはすべての材料を合わせて、調味料でさっと味付けしました。その間は、10分なかったかと思います。
使っている火力は大変強く、コークスが使われていました。大体どこのレストランもそうした火力を使い、油通しをします。丸元淑生氏は以下のような内容のことを言っています。中華料理では野菜などを油通しして一瞬のうちに酵素を破壊する。そして、油でコーティングすることで栄養素を閉じ込める。
こうして考えてくると、中華料理の本質は、火の制御と使い方、付随する油による調理ということがベースになっているように思います。その火使い方、油などの使い方が何通りかの種類があり、つまりは揚げる、炒めるなどの火の通し方と、それに調味料が加わることでシステム的に料理が出来上がります。いわゆる五味十色であり、青椒肉絲などは一料理名にすぎません。システムを組み合わせてできるのが中華料理であると考えられます。
またこのことは、世界のどの国の人でも、そのシステムに従って調理すると同じような水準で料理が完成する、という文明力を示しています。ここが中国文明が長い歴史の中で確立してきたものであり、中国の食文化の本質になります。
余談になりますが、この中華料理。これも、異民族との攻防の歴史を踏まえてみると、異民族の文化、例えば、トルコ系の民族の文化などとの交流もあった可能性があるとみることもできます。こうしたことも研究すると面白いテーマになると思います。
上記のように考えてくると、中華料理の本質は、火の制御にある、と仮説を立てています。
なんて格好をつけましたが、近所の中華料理屋さんの料理が食べたくなりました。